ランバート・イートン筋無力症候群(LEMS)診断におけるP/Q型電位依存性カルシウムチャネル抗体(抗VGCC抗体)検査の活用法<前編> 神経疾患 | 臨床検査薬(体外診断用医薬品・研究用試薬)の株式会社コスミック コーポレーション
- ホーム
- 専門医レクチャー(神経疾患)
- ランバート・イートン筋無力症候群(LEMS)診断におけるP/Q型電位依存性カルシウムチャネル抗体(抗VGCC抗体)検査の活用法<前編>
神経疾患ランバート・イートン筋無力症候群(LEMS)
ランバート・イートン筋無力症候群(LEMS)診断におけるP/Q型電位依存性カルシウムチャネル抗体(抗VGCC抗体)検査の活用法<前編>
- レクチャー
- 神経疾患
- ランバート・イートン筋無力症候群(LEMS)
帝京大学医学部脳神経内科学講座 准教授
畑中裕己(はたなか ゆうき)先生
1993年 札幌医科大学卒業、神経内科入局
1997年 帝京大学神経内科に勤務
2004 年 米国アラバマ大学に留学し、筋電図、臨床生理学、重症筋無力症、
ランバート・イートン筋無力症候群、CIDP、筋炎などを研究
2006年 帝京大学神経内科に戻り、現在に至る
はじめに
ランバート・イートン筋無力症候群(LEMS)は、有病率が10万人あたり0.27人、日本には患者が約348人1)と報告されている希少疾患です。LEMSは症状からなかなか本疾患を想起しづらかったり、確定診断のための電気生理学的検査の過程で大事な検査を追加することを着想できなかったりと、診断が遅れがちです。
このたび、LEMS診断の補助的な検査法として、病原性自己抗体「P/Q型電位依存性カルシウムチャネル抗体(抗VGCC抗体)」が保険適用となり、委託検査で測定できるようになりました。そこで、専門的にLEMSの研究・臨床に携わっている畑中裕己先生(帝京大学医学部脳神経内科学講座 准教授)に、LEMSの早期診断や鑑別のポイント、抗VGCC抗体の活用法などについてお話を伺いました。
畑中裕己(はたなか ゆうき)先生
1993年 札幌医科大学卒業、神経内科入局
1997年 帝京大学神経内科に勤務
2004 年 米国アラバマ大学に留学し、筋電図、臨床生理学、重症筋無力症、
ランバート・イートン筋無力症候群、CIDP、筋炎などを研究
2006年 帝京大学神経内科に戻り、現在に至る
はじめに
ランバート・イートン筋無力症候群(LEMS)は、有病率が10万人あたり0.27人、日本には患者が約348人1)と報告されている希少疾患です。LEMSは症状からなかなか本疾患を想起しづらかったり、確定診断のための電気生理学的検査の過程で大事な検査を追加することを着想できなかったりと、診断が遅れがちです。
このたび、LEMS診断の補助的な検査法として、病原性自己抗体「P/Q型電位依存性カルシウムチャネル抗体(抗VGCC抗体)」が保険適用となり、委託検査で測定できるようになりました。そこで、専門的にLEMSの研究・臨床に携わっている畑中裕己先生(帝京大学医学部脳神経内科学講座 准教授)に、LEMSの早期診断や鑑別のポイント、抗VGCC抗体の活用法などについてお話を伺いました。
LEMSを早期発見する意義
――このたび、コスミックコーポレーションよりLEMS診断の補助的な体外診断用医薬品としてVGCCAb RIA「コスミック」が発売されました。これによりLEMSの早期診断に寄与できる可能性があると思われますが、そもそもLEMSを早期診断するメリットはあるのでしょうか?
LEMSを早期診断すると、がんの早期発見や予後への希望を患者さんに提示できるというメリットがあります。
LEMSはがんを高率に合併することが知られています。通常がんが原因で神経症状が出る場合は、ステージが進んでいて手遅れと判断されがちですが、LEMS患者が小細胞肺癌を合併した場合は、LEMSでない人が小細胞肺癌になった場合よりも生命予後が良いことが示されています2)。この理由はまだ明らかになっていません。抗VGCC抗体が陽性でも神経症状がない場合は予後が変わらない3)ので、抗VGCC抗体ががんの進展を予防しているわけではないようです。
逆に、LEMSと診断できずに、やる気がないはっきりしない脳神経内科疾患とみなされ診断が遅れ、がんの発見が遅れることはデメリットだと思います。もっと早くLEMSであることが分かっていれば、がんをさらに強く疑い早期発見できたのでは…と悔いが残るかもしれません。
また、LEMSとわからない状況で症状が辛くて仕事を辞めてしまった方もいます。早期発見して治療できたなら、仕事を続けることができる方もいるでしょう。
LEMSを早期診断すると、がんの早期発見や予後への希望を患者さんに提示できるというメリットがあります。
LEMSはがんを高率に合併することが知られています。通常がんが原因で神経症状が出る場合は、ステージが進んでいて手遅れと判断されがちですが、LEMS患者が小細胞肺癌を合併した場合は、LEMSでない人が小細胞肺癌になった場合よりも生命予後が良いことが示されています2)。この理由はまだ明らかになっていません。抗VGCC抗体が陽性でも神経症状がない場合は予後が変わらない3)ので、抗VGCC抗体ががんの進展を予防しているわけではないようです。
逆に、LEMSと診断できずに、やる気がないはっきりしない脳神経内科疾患とみなされ診断が遅れ、がんの発見が遅れることはデメリットだと思います。もっと早くLEMSであることが分かっていれば、がんをさらに強く疑い早期発見できたのでは…と悔いが残るかもしれません。
また、LEMSとわからない状況で症状が辛くて仕事を辞めてしまった方もいます。早期発見して治療できたなら、仕事を続けることができる方もいるでしょう。
LEMSの症状は分かりにくく、見逃されやすい
――LEMS患者が訴える症状や困りごとはどのようなものでしょうか。
歩くのが遅くなったり、立ちあがるのが億劫になったりします。座っているときはさほど苦労しませんが、いざ立ち上がる、歩き出すといったことが苦手になります。身体の動きが遅くなるので、一見やる気がないように見えたりもします。主訴としては「長い時間歩けなくなった」と訴える方がいますが、程度としては「何かおかしいけど、別にそこまで重くない」と感じる方が多く、なかなか受診に至りません。
なお、LEMSでは勃起障害や発汗低下、便秘などの自律神経症状が出ると言われていますが、これらの症状を主訴とされている方を私自身はあまり見たことがありません。
――それでは、LEMSを早期発見するのは難しそうですね。
脳神経内科専門医でも、見逃すことが多い疾患です。発症から診断まで3〜6か月はかかります。発症後1か月ですぐに診断された人を拝見したことがありません。
私が2019年日本神経治療学会で発表した自験例11例のデータを下にお示しします。診断が付くまでに3〜8機関の脳神経内科を経由していました。脳神経内科での最初の診断は、重症筋無力症(MG)、パーキンソン病(PD)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)などでした。
LEMSの診断は、この病名を想起することに尽きます。思いつきさえすれば、脳神経内科医ならさほど苦労せずに診断できると思います。
――LEMSを想起するためのヒントがあれば教えてください。
脳神経内科医には、歩き出しが遅いが、その他のパーキンソン病の振戦や筋固縮などがない場合にLEMSを思い出していただければと思います。
また、重症筋無力症と誤診されているケースが多いので、電気生理検査を行うことが大事です。検査して違和感があればLEMSを想起してください。特に反復刺激試験が陽性なのに抗AChR抗体や抗MuSK抗体が陰性で、抗体陰性型の重症筋無力症と思ったらLEMSを疑ってください。見返してみると複合筋活動電位(CMAP)が正常より下がっています。
内科主治医は、歩くのが遅いときにはロコモティブシンドロームを疑われますが、整形外科の問題ではないようなら、脳神経内科にぜひ相談してくださればと思います。
歩くのが遅くなったり、立ちあがるのが億劫になったりします。座っているときはさほど苦労しませんが、いざ立ち上がる、歩き出すといったことが苦手になります。身体の動きが遅くなるので、一見やる気がないように見えたりもします。主訴としては「長い時間歩けなくなった」と訴える方がいますが、程度としては「何かおかしいけど、別にそこまで重くない」と感じる方が多く、なかなか受診に至りません。
なお、LEMSでは勃起障害や発汗低下、便秘などの自律神経症状が出ると言われていますが、これらの症状を主訴とされている方を私自身はあまり見たことがありません。
――それでは、LEMSを早期発見するのは難しそうですね。
脳神経内科専門医でも、見逃すことが多い疾患です。発症から診断まで3〜6か月はかかります。発症後1か月ですぐに診断された人を拝見したことがありません。
私が2019年日本神経治療学会で発表した自験例11例のデータを下にお示しします。診断が付くまでに3〜8機関の脳神経内科を経由していました。脳神経内科での最初の診断は、重症筋無力症(MG)、パーキンソン病(PD)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)などでした。
LEMSの診断は、この病名を想起することに尽きます。思いつきさえすれば、脳神経内科医ならさほど苦労せずに診断できると思います。
――LEMSを想起するためのヒントがあれば教えてください。
脳神経内科医には、歩き出しが遅いが、その他のパーキンソン病の振戦や筋固縮などがない場合にLEMSを思い出していただければと思います。
また、重症筋無力症と誤診されているケースが多いので、電気生理検査を行うことが大事です。検査して違和感があればLEMSを想起してください。特に反復刺激試験が陽性なのに抗AChR抗体や抗MuSK抗体が陰性で、抗体陰性型の重症筋無力症と思ったらLEMSを疑ってください。見返してみると複合筋活動電位(CMAP)が正常より下がっています。
内科主治医は、歩くのが遅いときにはロコモティブシンドロームを疑われますが、整形外科の問題ではないようなら、脳神経内科にぜひ相談してくださればと思います。
LEMSの検査は専門医でも難しい
――LEMSの診断法について教えてください。
LEMSは「電気生理ありき」という珍しい病気であり、診断基準は電気生理学的検査に基づいて作られています。抗体検査の結果がどうであれ、反復刺激試験で異常が見つかればLEMSと判定できます。
ただし、その電気生理学的検査がきちんとできるかどうかに、現場の難しさがあります。
LEMS診断のための反復刺激試験の手順を正確に施行可能な施設は、少ない可能性があります。大学病院レベルでは7~8割の施設で正確な検査が可能と思われますが、お忙しい一般病院だと最初からLEMSを疑い、検査技師さんに特別な検査をお願いするのはなかなか難しいのではないでしょうか。
次に、反復刺激試験をする機会が乏しいことです。当院ではこの試験を医師自ら実施していますが、そういう施設はまれで、大多数は検査技師に任せています。年に数回しかオーダーされない試験も含まれており、検査技師は慣れていませんし、医師もその結果を正確に解釈できるとは限りません。自ら試験を行っている医師であっても、レッドフラッグに気づけないこともあります。
さらに、電極の位置ズレなどの人為的な問題も絡んできますので、本当にLEMSによる異常があるのか、それとも筋電図がうまくとれなかったのか、迷うことも少なくありません。
反復神経刺激法 3Hz 10回 小指外転筋で測定
① CMAP1発目から低振幅であること、
② MGは4発目がbottomになるがLEMSは10発目まで漸減していることに注目
例えば、低頻度刺激試験を行うとLEMSでは上図の①複合筋活動電位(compound muscle action potential :CMAP)の高さが下がります。②の漸減現象は重症筋無力症でも出るのですが、①の山の高さがデフォルトで低いのがLEMSに特異的な所見です。ところが、電極の位置がずれると①が下がってしまうので、判別がややこしいのです。そこで、診断精度を上げるために高頻度刺激試験や運動負荷試験を追加することをお勧めしているのですが、やはり検査の慣れの問題がネックになっています。
運動負荷の時間も長すぎると増強効果が薄れてしまうので、5-10秒程度ですぐ判定することをお勧めいたします。
このように諸問題がありますが、LEMSを見逃さないために、少なくともCMAP振幅が各施設で設定されている正常値より低い場合は、LEMSを疑う価値があると思います。
LEMSは「電気生理ありき」という珍しい病気であり、診断基準は電気生理学的検査に基づいて作られています。抗体検査の結果がどうであれ、反復刺激試験で異常が見つかればLEMSと判定できます。
ただし、その電気生理学的検査がきちんとできるかどうかに、現場の難しさがあります。
LEMS診断のための反復刺激試験の手順を正確に施行可能な施設は、少ない可能性があります。大学病院レベルでは7~8割の施設で正確な検査が可能と思われますが、お忙しい一般病院だと最初からLEMSを疑い、検査技師さんに特別な検査をお願いするのはなかなか難しいのではないでしょうか。
次に、反復刺激試験をする機会が乏しいことです。当院ではこの試験を医師自ら実施していますが、そういう施設はまれで、大多数は検査技師に任せています。年に数回しかオーダーされない試験も含まれており、検査技師は慣れていませんし、医師もその結果を正確に解釈できるとは限りません。自ら試験を行っている医師であっても、レッドフラッグに気づけないこともあります。
さらに、電極の位置ズレなどの人為的な問題も絡んできますので、本当にLEMSによる異常があるのか、それとも筋電図がうまくとれなかったのか、迷うことも少なくありません。
反復神経刺激法 3Hz 10回 小指外転筋で測定
① CMAP1発目から低振幅であること、
② MGは4発目がbottomになるがLEMSは10発目まで漸減していることに注目
例えば、低頻度刺激試験を行うとLEMSでは上図の①複合筋活動電位(compound muscle action potential :CMAP)の高さが下がります。②の漸減現象は重症筋無力症でも出るのですが、①の山の高さがデフォルトで低いのがLEMSに特異的な所見です。ところが、電極の位置がずれると①が下がってしまうので、判別がややこしいのです。そこで、診断精度を上げるために高頻度刺激試験や運動負荷試験を追加することをお勧めしているのですが、やはり検査の慣れの問題がネックになっています。
運動負荷の時間も長すぎると増強効果が薄れてしまうので、5-10秒程度ですぐ判定することをお勧めいたします。
このように諸問題がありますが、LEMSを見逃さないために、少なくともCMAP振幅が各施設で設定されている正常値より低い場合は、LEMSを疑う価値があると思います。
抗VGCC抗体はLEMS疑い患者全例で測定
――これからのLEMS診療において、どのように抗VGCC抗体を活用すればよいか、先生の考えをお聞かせください。
LEMS診断に役立つ抗体検査が出てきたことは大変喜ばしく、大きな進化だと思います。LEMSは電気生理ありきの病気ですが、抗体検査でも陽性であることが確認できると、間違いなく診断できたと安心できますよね。重症筋無力症との鑑別で微妙な症例がありますが、抗VGCC抗体が陽性だとホッとします。
私は、LEMS疑い患者は全例で抗VGCC抗体検査を行うべきだと思います。実際に当院では、電気生理学的検査で確定診断できた例を含めて疑い患者の全例に抗体を測っています。LEMSの抗VGCC抗体検査の陽性率は100%ではなく、抗体陰性者の予後はまた違うと考えられています 4,5) 。
また、実は抗 VGCC 抗体は、がん患者(特に小細胞肺癌)の一部で陽性になることが分かっています。しかしながら、LEMSが疑われるような症状がないのに抗体検査をするのは診断基準から考えても推奨されていませんので、その点は注意が必要です。
LEMS患者は、「この身体の動きが遅い、やる気のない症状は一体どこからくるのか?なかなか診断が付かないのはなぜなのか」とドクターショッピングを繰り返しています。その恐怖感から早く解放してあげるためにも早期診断をしてあげたいですし、そのためにも抗VGCC抗体検査は大いに役立つのではないでしょうか。
<引用文献>
1)厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業)) 難治性疾患の継続的な疫学データの収集・解析に関する研究
2)Paul Maddison, et al. Neurology 2017;88(14):1334-1339.
3)WIRTZ Paul W, et al. Journal of neuroimmunology 2005;164(1-2): 161-165.
4)Nakao Y.K, et al. Neurology 2002;59(11):1773-1775.
5)OH, Shin J, et al. Muscle & nerve 2007;35(2):178-183.
LEMS診断に役立つ抗体検査が出てきたことは大変喜ばしく、大きな進化だと思います。LEMSは電気生理ありきの病気ですが、抗体検査でも陽性であることが確認できると、間違いなく診断できたと安心できますよね。重症筋無力症との鑑別で微妙な症例がありますが、抗VGCC抗体が陽性だとホッとします。
私は、LEMS疑い患者は全例で抗VGCC抗体検査を行うべきだと思います。実際に当院では、電気生理学的検査で確定診断できた例を含めて疑い患者の全例に抗体を測っています。LEMSの抗VGCC抗体検査の陽性率は100%ではなく、抗体陰性者の予後はまた違うと考えられています 4,5) 。
また、実は抗 VGCC 抗体は、がん患者(特に小細胞肺癌)の一部で陽性になることが分かっています。しかしながら、LEMSが疑われるような症状がないのに抗体検査をするのは診断基準から考えても推奨されていませんので、その点は注意が必要です。
LEMS患者は、「この身体の動きが遅い、やる気のない症状は一体どこからくるのか?なかなか診断が付かないのはなぜなのか」とドクターショッピングを繰り返しています。その恐怖感から早く解放してあげるためにも早期診断をしてあげたいですし、そのためにも抗VGCC抗体検査は大いに役立つのではないでしょうか。
<引用文献>
1)厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業)) 難治性疾患の継続的な疫学データの収集・解析に関する研究
2)Paul Maddison, et al. Neurology 2017;88(14):1334-1339.
3)WIRTZ Paul W, et al. Journal of neuroimmunology 2005;164(1-2): 161-165.
4)Nakao Y.K, et al. Neurology 2002;59(11):1773-1775.
5)OH, Shin J, et al. Muscle & nerve 2007;35(2):178-183.
本件に関するお問い合わせご相談やご質問など、
こちらからお問い合わせください。