糖尿病における膵特異的グルカゴンの測定の意義 - すべて | 臨床検査薬(体外診断用医薬品・研究用試薬)の株式会社コスミック コーポレーション
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糖尿病における膵特異的グルカゴンの測定の意義
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群馬大学生体調節研究所代謝シグナル解析分野
教授 北村忠弘(きたむら ただひろ)先生
1989年 神戸大学医学部医学科卒業
1989年 神戸大学医学部第2内科研修医
1990年 兵庫県立加古川病院内科研修医
1992年 神戸大学大学院医学系研究科(内科学)
1996年 神戸大学医学部第2内科ポスドク
1999年 米国NIH日本学術振興会海外特別研究員
2000年 米国コロンビア大学糖尿病センターポスドク
2005年 米国コロンビア大学医学部Assistant Professor
2006年 群馬大学生体調節研究所教授
2009年 群馬大学代謝シグナル研究展開センター長兼任
2013年 群馬大学生活習慣病解析センター長兼任
教授 北村忠弘(きたむら ただひろ)先生
1989年 神戸大学医学部医学科卒業
1989年 神戸大学医学部第2内科研修医
1990年 兵庫県立加古川病院内科研修医
1992年 神戸大学大学院医学系研究科(内科学)
1996年 神戸大学医学部第2内科ポスドク
1999年 米国NIH日本学術振興会海外特別研究員
2000年 米国コロンビア大学糖尿病センターポスドク
2005年 米国コロンビア大学医学部Assistant Professor
2006年 群馬大学生体調節研究所教授
2009年 群馬大学代謝シグナル研究展開センター長兼任
2013年 群馬大学生活習慣病解析センター長兼任
糖尿病はインスリン抵抗性やインスリン分泌不全が病態に深く関わっていることが知られていますが、近年、インスリン分泌促進作用とともにグルカゴン分泌抑制作用を併せ持つインクレチン製剤(DPP-4阻害薬、GLP-1受容体作動薬)が登場したことから、糖尿病治療におけるグルカゴンの役割があらためて注目されています。しかし、グルカゴンは測定系の信頼性が低いなど、研究を進めるにあたって困難な点があり、血糖コントロールにどのように影響しているのかについては不明な点も多くあります。
そこで、グルカゴン研究の第一人者である群馬大学生体調節研究所代謝シグナル解析分野教授の北村忠弘先生に、糖尿病治療においてグルカゴンが果たす役割とその測定の意義について解説いただきました。
そこで、グルカゴン研究の第一人者である群馬大学生体調節研究所代謝シグナル解析分野教授の北村忠弘先生に、糖尿病治療においてグルカゴンが果たす役割とその測定の意義について解説いただきました。
糖尿病治療においてグルカゴンがあらためて注目の的に
───グルカゴンはどのようなホルモンなのでしょうか
グルカゴンは29アミノ酸からなる分子量3,485のペプチドホルモンです。その多くは膵ランゲルハンス島(ラ氏島)のα細胞から分泌されますが、一部は胃や小腸の内分泌細胞からも分泌されます。主な生理作用として、肝臓に直接作用した際のグリコーゲン分解と糖新生促進を介した血糖上昇が挙げられます。
しかしながら、視床下部(中枢)を介して神経性に肝臓に作用すると、逆に糖新生を抑制して血糖値を下げることが報告され1)、注目を集めています。また、中枢に作用すると食欲を抑制し、褐色細胞に作用すると脂肪分解やエネルギー消費を促進します。以上から、グルカゴンは単なるインスリン拮抗ホルモンではないと考えられるようになってきました。
───近年、グルカゴンに対する関心が高まっているのはなぜでしょうか
最も大きな要因として、糖尿病の治療薬としてDPP-4阻害薬とGLP-1受容体作動薬という2つのインクレチン製剤が新たに臨床に登場したことが挙げられます。この2つの薬剤は、インスリン分泌促進作用とともにグルカゴン抑制作用を有するという特徴があります。従来の糖尿病治療薬の多くがインスリンに作用する薬剤でしたが、グルカゴンに作用する薬剤が臨床に初めて登場したことで、あらためてグルカゴンが注目されるようになりました。
───これまでグルカゴン対する関心が低かったのはなぜでしょうか
インスリンと比べ、グルカゴンの研究が遅れてきた理由にはいくつかの要因があります。まず1つには、インスリンを分泌するβ細胞はラ氏島の約80%を占めるのに対し、グルカゴンを分泌するα細胞はわずか10%程度しか存在していないため、研究を進めにくかったという点が挙げられます。また、インスリンが比較的安定したホルモンであるのに対し、グルカゴンは半減期が非常に短く不安定であり、室温ではすぐに分解されてしまうため取り扱いに注意を要します。さらに、β細胞はマウス、ラット、ハムスター、ヒトなどさまざまな動物種の細胞株があるのに対し、α細胞株は限られているということも要因の1つです。そして最も大きな要因としては、グルカゴンの測定系が不正確で信頼性に乏しかったという点が挙げられます。
グルカゴンは29アミノ酸からなる分子量3,485のペプチドホルモンです。その多くは膵ランゲルハンス島(ラ氏島)のα細胞から分泌されますが、一部は胃や小腸の内分泌細胞からも分泌されます。主な生理作用として、肝臓に直接作用した際のグリコーゲン分解と糖新生促進を介した血糖上昇が挙げられます。
しかしながら、視床下部(中枢)を介して神経性に肝臓に作用すると、逆に糖新生を抑制して血糖値を下げることが報告され1)、注目を集めています。また、中枢に作用すると食欲を抑制し、褐色細胞に作用すると脂肪分解やエネルギー消費を促進します。以上から、グルカゴンは単なるインスリン拮抗ホルモンではないと考えられるようになってきました。
───近年、グルカゴンに対する関心が高まっているのはなぜでしょうか
最も大きな要因として、糖尿病の治療薬としてDPP-4阻害薬とGLP-1受容体作動薬という2つのインクレチン製剤が新たに臨床に登場したことが挙げられます。この2つの薬剤は、インスリン分泌促進作用とともにグルカゴン抑制作用を有するという特徴があります。従来の糖尿病治療薬の多くがインスリンに作用する薬剤でしたが、グルカゴンに作用する薬剤が臨床に初めて登場したことで、あらためてグルカゴンが注目されるようになりました。
───これまでグルカゴン対する関心が低かったのはなぜでしょうか
インスリンと比べ、グルカゴンの研究が遅れてきた理由にはいくつかの要因があります。まず1つには、インスリンを分泌するβ細胞はラ氏島の約80%を占めるのに対し、グルカゴンを分泌するα細胞はわずか10%程度しか存在していないため、研究を進めにくかったという点が挙げられます。また、インスリンが比較的安定したホルモンであるのに対し、グルカゴンは半減期が非常に短く不安定であり、室温ではすぐに分解されてしまうため取り扱いに注意を要します。さらに、β細胞はマウス、ラット、ハムスター、ヒトなどさまざまな動物種の細胞株があるのに対し、α細胞株は限られているということも要因の1つです。そして最も大きな要因としては、グルカゴンの測定系が不正確で信頼性に乏しかったという点が挙げられます。
サンドイッチELISA法によりグルカゴン測定の特異度が向上
───グルカゴンの測定系にどのような問題があったのでしょうか
グルカゴンは前駆体であるプログルカゴンからプロセッシングを受けて産生されますが、その過程においてグリセンチンやオキシントモジュリンといったグルカゴン類縁ペプチドも産生されます。そのため、グルカゴンの中央部分を免疫抗原として作製された抗体では、プログルカゴン、グリセンチン、オキシントモジュリンなどと交叉反応してしまうため、グルカゴンのみを正確に測定することができませんでした。
現在はグルカゴンのC末端を抗原認識する抗体を用いた競合法ラジオイムノアッセイ(RIA)が一般的に用いられています。しかしながら、この測定法を用いてもグルカゴンと同様のC末端アミノ酸配列を有するグリセンチン(1-61)などと交叉してしまっていました。
───グルカゴンを正確に測定するにはどうすればよいのでしょうか
特異性の問題を克服するため、グルカゴンのN末端およびC末端をそれぞれ抗原認識する2つの抗体を用いたサンドイッチELISA法が開発されました。具体的には、プレート上に固相化したN末端認識抗体に結合したグルカゴンをC末端認識抗体で挟むこと(サンドイッチ)により検出します。この測定法により、グルカゴン測定における特異性は飛躍的に向上しました。
われわれの施設において、質量分析装置(LC-MS/MS*)を用いてMercodia社のサンドイッチELISAキットを検討したところ、サンドイッチELISAによるグルカゴン測定値とLC-MS/MSによるグルカゴン測定値との間には良好な相関がみられました。なお、グルカゴンのアミノ酸配列はヒトとマウスやラットで共通ですから、サンドイッチELISA法によりマウスやラットのグルカゴンも正確に測定することが可能です。ですから、臨床はもちろん、基礎研究においてもサンドイッチELISA法を用いてグルカゴン測定を行うべきであると考えています。
グルカゴンは前駆体であるプログルカゴンからプロセッシングを受けて産生されますが、その過程においてグリセンチンやオキシントモジュリンといったグルカゴン類縁ペプチドも産生されます。そのため、グルカゴンの中央部分を免疫抗原として作製された抗体では、プログルカゴン、グリセンチン、オキシントモジュリンなどと交叉反応してしまうため、グルカゴンのみを正確に測定することができませんでした。
現在はグルカゴンのC末端を抗原認識する抗体を用いた競合法ラジオイムノアッセイ(RIA)が一般的に用いられています。しかしながら、この測定法を用いてもグルカゴンと同様のC末端アミノ酸配列を有するグリセンチン(1-61)などと交叉してしまっていました。
───グルカゴンを正確に測定するにはどうすればよいのでしょうか
特異性の問題を克服するため、グルカゴンのN末端およびC末端をそれぞれ抗原認識する2つの抗体を用いたサンドイッチELISA法が開発されました。具体的には、プレート上に固相化したN末端認識抗体に結合したグルカゴンをC末端認識抗体で挟むこと(サンドイッチ)により検出します。この測定法により、グルカゴン測定における特異性は飛躍的に向上しました。
われわれの施設において、質量分析装置(LC-MS/MS*)を用いてMercodia社のサンドイッチELISAキットを検討したところ、サンドイッチELISAによるグルカゴン測定値とLC-MS/MSによるグルカゴン測定値との間には良好な相関がみられました。なお、グルカゴンのアミノ酸配列はヒトとマウスやラットで共通ですから、サンドイッチELISA法によりマウスやラットのグルカゴンも正確に測定することが可能です。ですから、臨床はもちろん、基礎研究においてもサンドイッチELISA法を用いてグルカゴン測定を行うべきであると考えています。
グルカゴン測定は糖尿病の診断や治療に寄与する可能性が
───糖尿病に対するグルカゴン測定はどのような意義がありますか
これまで、グルカゴン測定は膵α細胞の腫瘍であるグルカゴノーマを診断する目的で行われており、糖尿病に対するグルカゴン測定については懐疑的な意見が少なくありませんでした。2型糖尿病患者さんの血中グルカゴン濃度が高いことはこれまでの研究から予想されていましたが、実際に測定してみると、健康な方と有意差がつきにくく、血糖コントロールに与える影響はインスリン分泌不全やインスリン抵抗性と比べて低いと考えられていました。また、2型糖尿病ではまずインスリン分泌不全またはインスリン抵抗性によりβ細胞機能障害が起こり、その後、二次的にα細胞機能障害が惹起されると考えられていました。
しかしながら、サンドイッチELISA法によりグルカゴンを測定したところ、2型糖尿病患者さんの血中グルカゴン濃度は健康な方と比べて有意に上昇しており、2型糖尿病におけるグルカゴンの病態生理的意義はこれまで考えられていたよりも大きいことが示唆されました。この結果から、グルカゴンを測定することは糖尿病の病態把握に繋がり、治療薬の選定・変更、治療効果の確認などを通じて糖尿病治療に寄与する可能性があります。また、境界型あるいは糖尿病予備軍と呼ばれる早期の2型糖尿病の患者さんにおいても血中グルカゴン濃度が上昇していたことから、糖尿病の病期診断にも有用な可能性があります。
───グルカゴン測定が普及するためにはどうすればよいのでしょうか
臨床の先生方にグルカゴンに対する知識を深めていただき、測定の意義を理解していただくことが重要です。先ほどお話ししたように、グルカゴンは不安定なホルモンであり取り扱いにはやや注意が必要です。「できるだけ速やかに処置する」「保管時の温度に注意する」などといったポイントをクリアすることで、普及が進むのではないかと考えています。採血管は蛋白分解酵素阻害薬が添加されたものを使用する必要があります。
サンドイッチELISA法を用いたグルカゴン測定はまだまだ例数が少ないため、今後より多くの施設で多くの患者さんのグルカゴンを測定して解析を進め、血糖コントロールに対してグルカゴンがどのように影響を及ぼしているのか、インスリンとはどのように異なるのかなどが明らかになれば、さらに測定の意義が高まると思います。また現在、グルカゴン分泌抑制を主作用とする薬剤の開発が進められていますが、こういった薬剤が臨床に登場すればグルカゴン測定の重要性はますます向上すると考えられます。
1) Mighiu PI, et al. Nat Med 2013; 19: 766-772.
*LC-MS/MS(Liquid Chromatography - tandem Mass Spectrometry)
液体クロマトグラフィー質量分析装置。試料中の化合物を液体クロマトグラフィー(LC)にて分離し、分離された化合物を質量分析装置(MS)にてイオン化して分析する過程を2段階行い、高精度で成分を同定する装置。高い検出特異性を有するが、機器が高額であり、測定に時間を要する。
これまで、グルカゴン測定は膵α細胞の腫瘍であるグルカゴノーマを診断する目的で行われており、糖尿病に対するグルカゴン測定については懐疑的な意見が少なくありませんでした。2型糖尿病患者さんの血中グルカゴン濃度が高いことはこれまでの研究から予想されていましたが、実際に測定してみると、健康な方と有意差がつきにくく、血糖コントロールに与える影響はインスリン分泌不全やインスリン抵抗性と比べて低いと考えられていました。また、2型糖尿病ではまずインスリン分泌不全またはインスリン抵抗性によりβ細胞機能障害が起こり、その後、二次的にα細胞機能障害が惹起されると考えられていました。
しかしながら、サンドイッチELISA法によりグルカゴンを測定したところ、2型糖尿病患者さんの血中グルカゴン濃度は健康な方と比べて有意に上昇しており、2型糖尿病におけるグルカゴンの病態生理的意義はこれまで考えられていたよりも大きいことが示唆されました。この結果から、グルカゴンを測定することは糖尿病の病態把握に繋がり、治療薬の選定・変更、治療効果の確認などを通じて糖尿病治療に寄与する可能性があります。また、境界型あるいは糖尿病予備軍と呼ばれる早期の2型糖尿病の患者さんにおいても血中グルカゴン濃度が上昇していたことから、糖尿病の病期診断にも有用な可能性があります。
───グルカゴン測定が普及するためにはどうすればよいのでしょうか
臨床の先生方にグルカゴンに対する知識を深めていただき、測定の意義を理解していただくことが重要です。先ほどお話ししたように、グルカゴンは不安定なホルモンであり取り扱いにはやや注意が必要です。「できるだけ速やかに処置する」「保管時の温度に注意する」などといったポイントをクリアすることで、普及が進むのではないかと考えています。採血管は蛋白分解酵素阻害薬が添加されたものを使用する必要があります。
サンドイッチELISA法を用いたグルカゴン測定はまだまだ例数が少ないため、今後より多くの施設で多くの患者さんのグルカゴンを測定して解析を進め、血糖コントロールに対してグルカゴンがどのように影響を及ぼしているのか、インスリンとはどのように異なるのかなどが明らかになれば、さらに測定の意義が高まると思います。また現在、グルカゴン分泌抑制を主作用とする薬剤の開発が進められていますが、こういった薬剤が臨床に登場すればグルカゴン測定の重要性はますます向上すると考えられます。
1) Mighiu PI, et al. Nat Med 2013; 19: 766-772.
*LC-MS/MS(Liquid Chromatography - tandem Mass Spectrometry)
液体クロマトグラフィー質量分析装置。試料中の化合物を液体クロマトグラフィー(LC)にて分離し、分離された化合物を質量分析装置(MS)にてイオン化して分析する過程を2段階行い、高精度で成分を同定する装置。高い検出特異性を有するが、機器が高額であり、測定に時間を要する。
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